未来に残る最強名馬達《エルコンドルパサー》

未来に残る最強名馬達《エルコンドルパサー》

競馬予想で血統は重要な要因となります。

エルコンドルパサーは、生年月日が1995年3月17日であり、凱旋門賞で2着となった初めての日本調教馬、あるいは日本馬の世界挑戦の礎を築いた馬として知られています。

馬主の渡邊隆は、同じ馬主である父の影響もあり血統に深い造詣があり、自ら考えた配合で競走馬を生産する事がありました。渡邊は自らが憧れる牝系の牝馬を世界中で探し、エルコンドルパサーの母となるサドラーズギャルを購入します。同馬を預けた生産牧場のレーンズエンドファームに繋養されていキングマンボが同じ牝系の名馬ミエスクの子供である事から、渡邊は同馬を父に選択しました。

同馬の功績は、長期に亘る海外遠征の重要性を認識させた事、および11戦8勝(うち海外4戦2勝2着2回)という通算成績で日本調教馬のレベルの高さを証明した事であり、それは馬主の渡辺と調教師の二ノ宮敬宇の勇気と手腕によって達成したものです。

当時から現在に至るまで、島国である日本は検疫が厳しく、長期に亘る海外遠征が行われる事はほとんどなく、その戦績も芳しくありません。しかし、同馬は3歳(旧齢4歳)の秋に当時国内唯一の国際GⅠであるジャパンカップに勝利すると、翌年の春から秋までフランスで走り海外で2勝を上げます。主な勝ち鞍であるサンクルー大賞では日本馬初の2400メートルの海外GⅠ制覇であり、前年の欧州年度代表馬ドリームウェルや前年の凱旋門賞馬サガミックスなど欧州の一線級を相手の勝利と、非常に価値のある結果となりました。また、凱旋門賞では2着だったものの、歴史的名馬モンジューと接戦を演じ、2頭のチャンピオンと評されました。

引退後は、年100頭を超える交配を行っていましたが、3年目の交配を終了後に腸捻転により死亡しますが、残されたわずかな産駒から菊花賞やダートGⅠを数多く制した競走馬を輩出し、自身の能力を後世に伝える事に成功しました。

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